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長期インデックス投資は本当に安全か検証(モンテカルロ法)

要点

ランダムウォークを仮定してヒストリカルデータによるモンテカルロシミュレーションをしてみることで、インデックス投資の神話「20年を超えるような長期投資(あるいは長期の積立投資)であればトータルリターンがマイナスになることはない」が正しくないことを確認していきます。

 

目次

 

1. インデックス投資の神話

インデックス投資の神話のひとつに、20年を超えるような長期投資(あるいは長期の積立投資)であればトータルリターンがマイナスになることはない、というものがある。この神話に従えば、老後に必要となる生活資金を長期のインデックス投資で準備することは、安全で賢い方法だということになる。

だがもしこの神話が誤りであり、長期のインデックス投資であってもマイナスリターンとなる現実的なリスクがあるのであれば、老後の必要生活資金といったシリアスな資金を投資に振り向けることはとんでもないことだ、ということになる。

長期のインデックス投資は、老後資金不足の処方箋になるのだろうか。あるいは、投資は危険だから余裕資金の範囲で行うべきであり、そもそも老後資金の確保に困っているような人間が手を出してはいけないのだろうか。

今回はこれを検証していく。

 

2. ヒストリカルデータによるモンテカルロ法

前回の記事「ドルコスト平均法の効果検証(モンテカルロ法)」では、正規分布乱数を使ったモンテカルロシミュレーションを行った。しかし正規分布は市場リスクの近似として正確とはいえない。

前回はあくまで「複数の投資手法の相対的なリスク・リターン比較」という主旨だったために簡便な方法として正規分布乱数を使ったが、今回のように将来の投資リスク・リターンを評価するためには、正規分布乱数では心許ない。

そこで今回は、実際のヒストリカルデータを使ってモンテカルロシミュレーションをしていく。

 

2.1 ヒストリカルデータの収集

株価のヒストリカルデータを収集する前に、まずは日本のインフレ率の推移を取得する。将来の株価が倍になったとしても、物価も同様に倍になれば購買力が増加したことにはならないから、実質的な収益をシミュレーションするために株価のヒストリカルデータをインフレ率で割り引く必要がある。

 インフレ率の計算にはいくつか方法があるが、今回は消費者物価指数(CPI)総合値の増減率をインフレ率とする。これは統計局のウェブサイトからダウンロードできる。

 

www.stat.go.jp

 

株価については、日本のTOPIX、米国のS&P500、先進国株(日本を除く)のMSCI KOKUSAIインデックスの3つを検証の対象とする。それぞれのインデックスは配当込みの値を利用する。また、日本を生活基盤にする人が投資することを想定し、すべて円換算で計算する。

 円換算についての注意点として、1973年2月にドル円レートが固定相場制から変動相場制に移行したため、データの連続性を考慮しヒストリカルデータの起点は1974年とする。

 ヒストリカルデータの要件が決まったので、前回同様、myINDEX( https://myindex.jp/ )から必要な年次データを利用させていただく。配当込み、円換算のヒストリカルデータが参照できる神サイトなので楽ちんだ。

 

『TOPIX トピックス (配当込み) インデックス』 |株価指数

『S&P 500 (配当込み) (円) インデックス』 |株価指数

『MSCI コクサイ・インデックス (KOKUSAI) (円)』 |株価指数

 

 暦年の騰落率は、それぞれのページの「年次リターン」のタブで確認できる。

 

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myINDEXの年次リターン表示

 

表示上はグラフ形式だが、HTMLソースには暦年の騰落率がベタで記載されているのでそこから2019年までのヒストリカルデータを取得できる。

前述の通りデータの起点は1974年とするので、2019年までの46年分のデータを利用することになる。2020年のコロナショックがギリギリ含まれていないことに不満を感じる方もいらっしゃるだろうが、その代わりちょうど1974年の第一次オイルショック暴落が含まれているのでチャラということにしたい。

インフレ率の推移、株価のヒストリカルデータのExcelの表に転記し、株価騰落率をインフレ率で割ることで、インフレ調整後の年次株価騰落率を求める。

 

こんな感じだ。

 

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インフレ調整後の株価騰落率テーブル

 

2.2 シミュレーションの準備

シミュレーションの想定として、毎年「1」の金額を10年かけて積立投資するものとする。「1」は具体的には1万円でも10万円でも100万円でもよい。

一般的には一年に一度だけの購入ではなく毎月積立など分散して投資をすることが多いと思うが、前回の記事「ドルコスト平均法の効果検証(モンテカルロ法)」で確認した通り、毎月積立であっても年間一括投資であっても平均運用残高が同じであればリスク・リターンは変わらないので、この点は問題にならない。

さっそくこんな感じでやってみる。

 

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運用シミュレーションのようす

 

1年目の年初に「1」の資金を投資し、1年運用した結果たまたま0.93という結果になった。2年目の年初はこの0.93に1を追加投資して合計1.93を運用し、結果的に1.94となった。

運用結果の計算方法についてはランダムウォークを仮定し、前年の騰落率は翌年の騰落率に影響しないとした。そのため、ヒストリカルデータとして取得した46年分の騰落率の中からランダムに1つを選んだものが各年の騰落率になる。

各セルの計算をExcelで表すと「(前年の運用結果+1)*INDEX(ヒストリカルデータ,RANDBETWEEN(1,46))」となる。ヒストリカルデータの配列から、RANDBETWEEN()関数を使ってランダムに1つの騰落率を選択している。なお、今回はTOPIX(配当込み、インフレ調整済み)のヒストリカルデータを使って計算している。

これを30年分計算したときの結果がこちら。

 

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30年分の投資シミュレーション(TOPIX

 

30年かけて合計「30」を投資し、結果として「76.08」を得た。30年トータルのリターン率としては2.54倍(+154%)であった。同様に、10年経過時点のトータルリターンは1.17、20年経過時点では0.99だった。

これは今回の乱数によるたまたまの結果であるので、試行回数を10000回まで増やして、統計的なリスク・リターンを評価する。

 

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シミュレーションのようす(TOPIX

 

シミュレーションができたので、次節から、シミュレーション結果の統計値の評価をおこなう。

 

2.3 TOPIXの10年、20年、30年投資の評価

TOPIX(配当込み、インフレ調整済み)のヒストリカルデータに基づいてシミュレーションを行った場合の結果がこちら。

 

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TOPIXの投資シミュレーション結果(10000回試行)

10000回試行の平均のトータルリターンは、10年で1.36(プラス36%)、20年で1.84(プラス84%)、30年で2.54(プラス154%)となった。標準偏差に基づくリスク値も計算しているが、それよりも注目したいのは各パーセンタイルでのリターンだ。

例えば10パーセンタイルとは下位10%の位置にあるケースの投資成績で、言い換えると、10人に1人レベルに運の悪い人が得る結果だ。この場合、10年で0.70マイナス30%)、20年で0.69マイナス31%)、30年で0.71マイナス29%)という投資成績だった。

50パーセンタイルはちょうど真ん中の投資成績を得た人の結果で、これはすべてプラスになっている。

つまり、ごく標準的な運の持ち主であれば投資期間が10年であれ20年であれ30年であれ資産を(インフレ調整後でも)しっかり増やせるが、10人に1人レベルに運が悪いと30年の長期積立投資であっても30%前後の資産の目減りを覚悟しなければならない、ということがわかる。

さらに表の一番下の行で、リターンが1.0(プラスマイナスゼロ)になるパーセンタイル順位も求めている。30年積立投資でプラスマイナスゼロになるのはパーセンタイル順位は20.8%で、つまり、5人に1人は30年間積立投資をしてもインフレ調整後のトータルリターンがマイナスになる

なお、リターンが1.0になるパーセンタイル順位はExcelで「PERCENTRANK.INC(リターンの配列,1.0)」で求められる。

 

2.4 S&P500の10年、20年、30年投資の評価

同様にS&P500(円換算、配当込み、インフレ調整済み)のヒストリカルデータに基づいてシミュレーションを行う。

参照するヒストリカルデータの配列が異なるだけで計算の方法は全く一緒であるので、結果となる統計値だけを掲載する。

 

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S&P500の投資シミュレーション結果(10000回試行)

 

円換算、インフレ調整済みであるにも関わらず、平均リターンを見るとTOPIXよりずいぶん良い。インデックス投資家がS&P500に賭けたくなるのもうなずける。

また10パーセンタイルでのリターンを見ると、10年、20年では1未満(マイナスリターン)であるものの、30年ではかろうじてプラスとなっている。10人に1人レベルの運の悪い人でも、S&P500に30年投資を続ければプラスリターンが期待できそうだ。

収益率1.0となるパーセンタイル順位を見ると、10年では18.2%、20年では10.8%、30年では7.2%となっている。つまり20年投資を続けても10人に1人レベルに運の悪い人はマイナスリターンになり得るが、30年投資をしてマイナスになるのは約14人に1人レベルに運の悪い人だけ、ということになる。

 

2.5 先進国株(日本を除く)の10年、20年、30年投資の評価

続いて、日本を除いた先進国株のインデックスであるMSCI KOKUSAI(円換算、配当込み、インフレ調整済み)のヒストリカルデータに基づいてシミュレーションを行う。

前節同様、結果となる統計値だけを掲載する。

 

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MSCI KOKUSAIの投資シミュレーション結果(10000回試行)

 

リターンは、S&P500より落ちるがTOPIXよりは良い、という感じだ。収益がマイナスになる目安である収益率1.0のパーセンタイル順位は、10年で18.8%、20年で13.1%、30年で8.9%だった。約11人に1人レベルで運が悪いと30年積立投資しても実質マイナスになる、ということだ。

 

2.6 先進国株(日本を含む)の10年、20年、30年投資の評価

ついでに、TOPIXが20%、MSCI KOKUSAIが80%の合成指数を作ってシミュレーションしてみる(いずれも円換算、配当込み、インフレ調整済み)。こんな感じで、日本株と海外株に分散して投資してる人も多いのではないか。

前節同様、結果となる統計値だけを掲載する。

 

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TOPIX(20%)+MSCI KOKUSAI(80%)の投資シミュレーション結果(10000回試行)

 

リターンの低いTOPIXを組み入れたため平均リターンはやや減っているが、マイナスリターンとなる目安である収益率1.0のパーセンタイル順位について20年と30年のケースを見ると、TOPIX単体とMSCI KOKUSAI単体のどちらのケースよりも低い。

これが分散効果か。インデックス投資の入門書に書いてあることは嘘じゃなかった。ありがとうインデックス投資の入門書。

しかしそれでも30年で7.8%、約13人に1人レベルで運が悪いとマイナスリターンとなってしまう。あとS&P500の収益率1.0のパーセンタイル順位は30年で7.2%だったので、S&P単体のほうがよい。分散効果とはいったい何だったのか……。

 

3. 結論

  • 投資期間を長くすれば長くするほど、運用成績がマイナスになる確率は減る。その意味において、長期投資ほど低リスクというのは間違いではない。(なお金融用語としてのリスク、すなわち標準偏差は投資期間が長いほど大きくなるが、多くの個人にとって関心があるのは標準偏差よりも資産減のリスクだろう。)
  • しかし30年という長期積立投資においてさえ、TOPIX投資であれば約20%、S&P500や分散投資をうまく使っても約7-8%の確率でトータルリターンがマイナスになる可能性がある
  • いずれの投資対象においても、下位1パーセンタイルの30年平均リターンは0.35-0.51の間であった。つまり、30年の長期積立投資であっても、資産が半減する確率が1パーセント程度はある

 

資産減リスクが7-8%資産半減リスクが1%という数字をどう評価するかは個人の主観や価値観によるが、個人的には、それが無いと人生が詰むようなシリアスな資産を賭けるにはあまりに高いリスクだと思う。

老後資産の形成についていえば、年金や貯金・退職金などですでに必要最低限の老後資金を確保できている人がより豊かな老後をめざして余裕資金を投資するのであればよいが、そもそも最低限の老後資金が確保できていない人が不足分を補うために投資に手を出すことは全く推奨できない

個人的な基準でいえば、まずはライフプランを作成してみて、「投資した資金が最悪半減したとしても、将来のライフプランに致命的な影響はでない」といえる範囲を投資余力として投資に充てるのがよいと考えている。

繰り返しになるがリスクの取り方は個人の主観・価値観による部分も大きいので、上記の基準は一例である。しかし一部で言われているような「インデックス投資は長期的にはほぼ必ずプラスになるから、リスクは気にしなくて良い」といった神話は誤っており、注意が必要である。