モーくん

めざせ成仏

はだかの王様は仕様

「そのとき、ひとりの子供が『王様ははだかだ!』と叫ぶと、人々はざわざわとしはじめ、そのうちみんな『王様ははだかだ!』の合唱になりました。そうして恥ずかしい思いをした王様は、嘘をついた仕立屋たちをしばり首にしました――

 

さあ、今日のお話はおしまいだよ、おやすみ」

 

そういって絵本を閉じると、6歳になったばかりの息子が不服そうに訴えた。

 

「仕立屋は『その子供が馬鹿なんですよ!』って言えばよかったじゃない。馬鹿には見えない服なんだから、馬鹿からははだかに見えちゃうのが約束どおりだよ」

 

うーん。理屈ではそうかも知れないけど、その子供はただのきっかけで、結局みんなに『王様ははだかだ』ってばれちゃったからねえ。

 

「そうかなあ。子供が『王様ははだかだ』って言ったあと、仕立屋がすぐに『この子供は馬鹿だ!』って叫んでいたら、町のみんなも『王様ははだかだ』じゃなくて『この子供は馬鹿だ』の合唱になったと思うんだよね」

 

ああ、なるほどね。それはね――

 


 

ジョンは賢王として名高かった。かれが即位してからというもの、農業や商業、外交と幅広い分野で革新的な政策が次々と実行され、収穫量は増え、国民は豊かになり、近隣諸国との関係もどんどん安定していった。

 

といっても、ジョン自身が革新的な政策を立案したわけではない。かれは優秀な人間を閣僚に抜擢し、その閣僚たちが権力争いではなく政策に集中できるよう、人間関係や利害を調整することに長けていた。かれは国王の権威というものをよく理解していたから、国王たる自分が中途半端に政策に口だしをすれば、益よりも害が大きいであろうことをわきまえていた。優れた政策のすべては、このような努力のもと、閣僚たちが立案し、国王ジョンが承認して実施されたものであった。

 

ある日のことである。

 

国王の謁見の間に、二人組の仕立屋がやってきた。世にも珍しい服を持ってきたという。

 

「陛下、こちらはこの世でもっとも高貴で美しい服でございます。ただし、愚か者には見ることができません」

 

――全然見えない、ぶっちゃけ無いだろその服。

 

そう口から出かかったが、言わなかった。

 

この仕立屋たちは、とにもかくにも正式にこの謁見の間にやってきてこの提案活動をしている。ここにたどり着くためには服飾ギルド内での選抜はもちろん、国王庁への届け出、提案内容の事前審査、身元検査、そういった様々な手続きを経ているはずだ。提案を却下するとはそれら多くの人々の活動を無にすることに他ならない。少なくとも、自分の第一印象だけで決めていいことではない。

 

サンダーランド伯爵、どう思いますか」

 

閣僚の筆頭である、サンダーランドに話題を振ってみた。サンダーランドの目が泳いだ。数秒の沈黙のあと、伯爵は口を開いた。

 

「……御心のままに

 

――なにいってんだお前。そんな服無いですって言ってくれよ。

 

「……そうですか。ではチャーリー、あなたはいかがですか」

 

チャーリーは最近侍従に加わった若者で、側近の中でもっとも年若い。かれなら忖度せずに率直な意見を言ってくれるかも知れない。

 

しかしそうはならなかった。チャーリーは混乱していた。サンダーランド伯爵の回答に、国王の表情が一瞬曇ったことには気づいていた。国王はもっとはっきりした答えを求めている。しかし肯定か否定か、どっちの回答が正解なんだ? 閣僚筆頭である伯爵が否定しなかったのだから、否定に賭けるのは分が悪いのではないか?

 

侍従に加わったばかりの彼は、自分がその服をどう思ったかなどと考える余裕はなかった。ただただ、この場における正解を求めていた。

 

「はい!素晴らしい服だと思います!」

 

――まじかこいつ、言い切りやがった。

 

ジョン王は自分の選択を後悔した。チャーリーの瞳孔は開ききっていた。他の閣僚を見回したが、もはや目を合わせてくれる者はなかった。もういちどサンダーランドに目をやると、真っ青な顔をして俯いていた。

 

実際、伯爵は強い自責の念に駆られていた。若いチャーリーを犠牲にしてしまった。こんなことになるなら、年長の自分が最初に否定しておかなければならなかった――

 

……

 

こうして、この世でもっとも高貴で美しい、だがしかし存在しない「服」は採用された。今日が国民へのお披露目の日だ。

 

控えの間で、仕立屋がおごそかな様子でジョン王に「服」を着付けた。春先の風はつめたい。股間がスースーする。鳥肌が立ってくる。ジョンの肉体は全力で「そんな服ないぞ」とシグナルを送ってくる。しかし「服」の採用は国家としての決定であり、この国においては「服」は確かに存在するのだ。ジョン個人がどう思うかなど、もはやどうでもいいことだ。

 

お披露目のパレードは始まった。民衆から喝采がおきる。「美しい!」「なんと厳かな!」という叫び声が口々にあがる。

 

「えっ……でも!」

 

少年の声が聞こえた。そばに母親らしき女がいる。「ぼうや、その話は帰ったらしましょうね」とたしなめている。でも――

 

「でも、王様は『はだか』だよ!」

 

――言いやがった。

 

ちくしょう、忘れていた鳥肌が全身に戻ってきた。

 

ぼうや、そんなことはここにいる全員がわかっているんだ。俺だってわかっているんだ。だけど「服」があるってのは国が決めたことなんだ。君がいま否定したのはちっぽけな服のことじゃあない、この国の統治システムそのものなんだ。

 

はだかの王様は俺だけじゃない。国王なんて、みんな全員はだかなんだ。周りの人間が決めた権威という名の見えない「服」を、あたかも存在するかのように着こなすのが仕事なんだ。ぼうや、お前にはまだわからないかも知れないが、そうやってできた統治と秩序のシステムの恩恵を、お前だってうけているんだよ。

 

ああ、民衆が、期待と不安のまなざしで俺を見ている。この国の統治システムが音を立てて崩れていくのを見ている。ああ、これがよその国の出来事なら、最高のスペクタクルなのに。

 

ちくしょう、なんでこんなことになったのかな。あの二人組の仕立屋は何者だったんだ。馬鹿には見えない服だなんて大胆なウソ、通るわけないじゃないか。まあ何かの間違いで通っちゃったんだけど。あいつらいまどんな気持ちなのかな。

 

もしかして、あいつらは冗談のつもりだったのかな。最初はちょっとした仲間内の冗談だったのが、あれよあれよという間に大きな話になって、あの二人も不安でいっぱいだったんじゃないのかな。本当は気のいいやつらで、俺が国王じゃなければ、「おいおい、だまされたぜ」って言って、ビールでもおごらせて、それで俺たちは友達になって、このことは俺たちの間の定番の笑い話として、語り草になったのかも知れないな。

 

でもそうはならない。民衆が俺を見ている。俺がどうするかを見ている。俺が国を守れるかどうかを見ている。友達になれたかもしれない二人に、俺は告げなければいけない。国の統治システムに対する反逆は――

 

「この仕立屋どもをしばり首にせよ」